| 2009 |
| 03,02 |
«(無題)»
※綱吉が欝です。ご注意ください。
どうしようもなく死にたくなったので、綱吉は駅に向かうことにした。
駅までの馴染んだ道はとても温かく、そこにある全ての者の幸福を証明するようだ。その風景と自らの心情と比較検証しかけて吐き気がしたので、綱吉はますます死にたくなった。
何か叫びだしたいように胸がむかついたが、叫ぶべき言葉が見つからずに、音にならなかった嘆きは心臓をかきまわすばかりだ。
いっそ幼子のように大声で泣き喚きたい気分だったが、生憎と涙は零れる気配も見せない。
駅に着くと財布から小銭を出して、一番安い切符を買った。こんなときにも財布の中身を気にしてしまう自分に気分が重くなる。自己嫌悪はいつだって胃に鉛を投げ込むようだ。
通勤ラッシュから外れたこの時間に人はまばら。ガタンガタンと音を立てて電車が到着し、去っていく。
ベンチに座ってそれを眺めることを何回か繰り返した。乗車する人、下車する人。入れ替わり立ち代り、それでも駅が無人になることはなかった。
「まもなく電車が参ります。白線の内側までお下がりください」
いつものアナウンスを聞いて、綱吉は立ち上がった。次に来る電車は直通では一番遠くまで行くものだ。
白線の上に立って、綱吉はこの電車に乗ってどこかに行くか、それともこのままホームから飛び降りるか悩んでいた。
ガタンガタン。ガタンガタン。線路から響く音に心臓が揺れる。
白線の―内側まで―お下がり―ください―。
この白い線はスタートラインだろうか。ゴールテープだろうか。
進むか退がるか、考えているうちに風が前髪を攫う。
ああ、電車が到着してしまった。
幸いというべきか、この車両から降りる客は居なかった。
進むべきか。逃避行という言葉は甘く響いたが、現実的に否定する自分も居る。
進むか退がるか、考えているうちに再び風が前髪を攫った。
ああ、電車が行ってしまった。
電車が去って、ぽかりとひらけた視界に再び飛び降りることを考える。
コンクリートを蹴って宙を舞う。タイミングを間違わなければ電車は綱吉を前に押し出してくれるだろう。それとも下敷きにして進むだろうか。
それはとても甘美な誘惑に思えて、綱吉は次の電車で飛び込もうと決めた。
決めた、はずだった。
「あれ?綱吉君、迎えに来てくれたんですか?」
耳に馴染んだ声に振り向けば、オッドアイの男がそこに居た。先程の電車に乗っていたらしい。
その姿を見た瞬間、綱吉はどうしようもなく泣きたくなって、男にしがみついた。
肩に額を押し当てて、背中に回した腕に力を込める。
駅で繰り広げられる抱擁はまるで外国の映画のようだろう。どうか外人と思ってくれていますようにと、突き刺さっているだろう視線に思った。男の瞳も自身の髪もおよそ日本人離れしているのだから、それくらい良いだろう。
「え、綱吉君どうしたんですかっ?えぇっ」
おろおろと、それでも背中にまわされた腕に笑いが込み上げてくる。
抱きしめた胸からは心臓の音がした。
ぶっちゃけ綱吉である意味はないです。